縫製事業

本物のものづくり。

日本中でものづくりに携わる職人さんたちがそれを目指しています。

自分が作ったものが世の中の人の役に立つ。
自分が作ったものが子供たちに夢を与え、社会をゆたかにする。

ものづくりで、生活の基盤を作り、子供を育て、地域に貢献する。


僕の父親は、40年前、滋賀県の山奥で縫製屋をはじめました。
そして、僕と弟の二人の子供を育て、地元で仲間を作り楽しく有意義に67年の生涯を全うしました。

3年前くも膜下出血で倒れ、その1週間後他界しました。


僕が知っている職人さん。

大工さん。
左官屋さん。
印刷屋さん。
・・屋さん。


縫製屋さん。

僕の父親は縫製屋さん。

そして、僕も縫製屋さん。

滋賀県東近江市で株式会社サクラス代表の村山重久と申します。
ただいま45歳で同い年の妻、小学6年生のワンパク坊主、トイプーのモカの4人で暮らしています。

僕は30歳で縫製の仕事を継ぐことを決めました。


父の死を機に、有限会社村山縫製の経営を任されることになりました。
2009年10月、社名を株式会社サクラスに改めました。

自己紹介はこれぐらいにします。


父の死後、2年間懸命に働きました。

働いたのですが・・・。

儲かりません。

某通販カタログに掲載されるお布団カバーを量産し、納品し続けたのが僕が15年間やってきたこと。


その昔、約30年前。
僕の父親は、縫製で飯を食ってました。
僕の母親がミシンを踏み、納屋を改装した工場には近所のおばちゃんが数人働きに来ていました。

それで、一家6人が十分にご飯が食べられたのです。


それが、ここ10年。
どうしてこんな風になってしまったのか?

食えないのです。


どうしてか?


中国産の安い繊維製品が日本に入ってくるようになったからです。
ユニクロが、しまむらが、イオンが、

大手企業が中国や東南アジアの安い人件費を使い大量に安い繊維製品を輸入し、そして、売りました。

それは、今も続いています。


僕が30年前、中学に入って初めて買ったジーンズは、
忘れもしません。

6800円でした。

八日市市にある西友ストアの中にあるホースという店で買ったリーバイスです。

アディダスの、二の腕に3本線のあるトレーナー(今はスウェットと言いますが)は4800円でした。


母親に「上下で10000円もするやんか」と怒られたのを覚えています。


今、11600円あればユニクロで何が買えますか?



僕は今のデフレがどうして起こったのだろう?
と聞かれたら迷わず「ユニクロ」って答えます。
否、この業界にいる人の半数以上の人がそう答えるでしょう。

ユニクロが悪いと言っているわけではありません。
ユニクロの社長を僕は尊敬しますし、経営者として世界にも通じるすごい人なのだと思います。

負け犬の遠吠えに聞こえる人も中にはいらっしゃると思います。


僕がこの時代、縫製屋をしていて食えないことに話を戻します。


どうして食えなくなったのでしょう?

努力をしなかった?
時代に遅れた?
社会のせい?
政治のせい?

僕は朝7時から夜の7時まで働きます。
「まだまだ」といわれるかもしれませんがそれなりに働いているほうだと思います。

僕は物事を人のせいにするのは嫌いです。


では何故?

それは、「人の役に立つもの、人が喜んでくれる」ものづくりをしてこなかったからです。

メーカーや、商社がお金儲けのため
「売れそうなモノ」を、僕に「作れ」と言う。

「ハイ、わかりました。いついつまでに納品させていただきます。発注ありがとうございました。」
と僕は答えます。

15年間一心不乱にこんなことを繰り返してきたツケなのです。

疲れました。

なので、変わろうと思います。

他人が考える「売れそう」なモノを作って、へいこらすることをやめて、
自分が「売りたい」モノを自分が手間暇かけて売ろう・・。と。

2年前年から僕は、ある素材と出会いネットで商売を始めました。
今では、お客様は1500人を超えました。

毎日「村山様、感謝してます。」「ありがとうございます。」
という声の中で仕事ができるようになりました。

本当に感謝しています。

僕にインターネットで商売をすることを奨めてくれた人。
インターネットで商売ができるようにしてくれた人たち。

そして、大事な大事なお客様。
僕の作った商品を買って喜んでくれるお客様。

すべての人に感謝します。



今度は、僕を育ててくれた父と母の職業「縫製屋さん」の技術を活かした製品で勝負することにしました。

小さい頃、父の運転する車に乗って愛知川町の布団カバーメーカーに納品に着いて行きました。
車には工場で作った布団カバーが満載してありました。

未だ140㎝の僕は車の奥から荷物を降ろす手伝いをするわけです。
一年に何十回も着いて行きました。

お布団カバーで僕は大きくなったのです。

その愛知川も今では寝具の町としての機能を完全に失っています。
だから、もう一度、という思いもあります。

本当に売りたいもの・・、
それは・・、
お布団カバーなのかな?と思うようになりました。

そう、お布団カバーなのです。

近頃、「住まうこと」は大きく変化しました。
お布団を押入れにしまう文化はもう日本にはありません。

寝床は寝室と呼ぶようになり、
ベッドルームに変わっていきました。

何のことはない。

寝るだけの部屋から、リビングやダイニングと同じように見せる「お部屋」に変わってきたのです。

寝るだけなら、しまむらや通販で見つけたお布団カバー、シーツでいいんです。
真っ暗な部屋で使う布団カバーにこだわりが必用ですか?

必要ないですよね?

でも、新築し新しくなった我が家。
素敵なリビング、おしゃれなダイニング。

雰囲気のあるベッドルーム。

気心知れたお友達に、案内できるぐらいのベッドルーム。
そんなベッドルームには生協や千趣会のお布団カバーではいけないのです。

・・・。
・・ないと思うのです。

もちろん、寝る時の肌触りや吸湿性も大事です。
ゆっくりと眠り明日へ備えなければなりません。

それでいて、素敵なお布団カバー。

使うこと、持つことに喜びを感じられる質感。
そんなベッドリネン。

そんなベッドルームのシーン。


サクラスは量販店や大手家具ショップでは絶対にできないことをしようと思います。


2011年春、株式会社サクラスはおふとんカバーのネットショップを開業します。


その準備に取りかかりました。


乞うご期待!